親世代の財産を子(孫)世代へ承継する方法として、相続と贈与があります。
このうち相続の方は、「内容はあまり知らないけど、相続って言葉は良く耳にする」という人が多いと思います。
一方で贈与の方は、「聞いたことあるかも」くらいの人が多数派ではないでしょうか。
相続は人が亡くなったら発生するものですが、贈与は生きている間も利用できる便利な制度です。
税制面ではどちらも相続税法の対象なので、相続または贈与で多額の財産を取得する場合、その分は漏らさず課税されることになります。
もちろん上手に承継すれば、課税額を抑えて効率的に次世代へ財産を残すことができます。
家族の間で相続や贈与について話す機会はあまりないかもしれませんが、知らないうちに税金が掛かってしまう前に、予め計画を立て備えておけば、より良い資産運用を世代間で継続できるはずです。
先日の令和5年度税制改正では、相続税と贈与税において、興味深い変化がありました。
改正後2024年以降は、特に贈与について、多くの人が活用しやすいよう改善されています。
そこで今回からは、馴染みは薄いけど意外と使える「贈与」にスポットを当て、資産形成への活かし方を探ってみたいと思います。
まずは概要を理解するために、相続との違いに触れつつ、次回以降の話にも繋がる基礎的なところを説明していきます。
相続税が課税される人とは?
贈与が相続とどう違うかを知る前に、はじめに相続税についてお話します。
相続税法では、相続税と贈与税は別物の税金として規定されているものの、本来とても密接に関係しています。
例えば相続税を計算する際、それまで贈与によって納めた贈与税があれば、その分は軽減される(贈与税を相続税として精算する)というような相互作用があります。
荒っぽい言い方をすれば、相続と贈与では課税方式が違うだけで、ある程度の財産を承継したら結局は同じように課税される、という点で繋がっているわけです。
ところで、実際の相続によって課税される人は、どれくらいいるかご存じでしょうか?
国税庁が公表している相続税に関する最新データによると、2022年の死亡者(被相続人)数は約157万人、そのうち相続税の課税対象となったのは約15.1万人でした。
割合にすると約9.6%です。
つまり、亡くなった10人に1人の財産には相続税が課税されるのに対し、残り9人は課税対象になっていません。
また、相続税の納税者(相続人)は約33万人で、死亡者(被相続人)一人当たりの課税価格は約1.37億円(計算の基になる財産価額)、税額は約1,855万円(納付すべき相続税額)でした。
この金額は平均値であることに気を付けたいですが、いずれにしても、ほとんどの人にとって相続税の心配は無い、と言えます。
このように税金という観点では、相続財産が多い人以外は、たいして気にしなくて良いことが分かりました。
贈与に妙味あり
相続のことを考えなくても良いなら、贈与のことも忘れて良さそうな気がしますね。
でも、それはちょっと早計なんです。
相続と贈与は、税制面では密接な繋がりがある反面、実は「取り扱いやすさ」に大きな違いがあるからです。
相続というのは予めタイミングを決められず、発生したら有無を言わさず手続きを進めなければなりません。
一方、贈与は当事者同士の契約であるため、タイミングの設定は自由で、自らコントロールできる要素が多いです。
FPの立場で言えば、個別の税制よりも、資産を作る・守る・増やす、という「包括的なファイナンシャルプランニング」に関心があります。
そのような視点から見ると、当事者が能動的に取り扱える贈与と投資の組み合わせが、とても面白いと考えています(金融資産の購入に限らず、住宅取得や教育資金なども含む)。
特に現金もしくは現金化しやすい財産を贈与によって資産移転できれば、親世代の相続財産を減らせるだけでなく、相続よりも早い時点で、子世代が投資に回せる財産を増やせます。
つまり、相続より贈与の方が、各種制度を有効活用できるチャンスが多く、資産形成を有利に進められそうだ、というわけです。
暦年贈与
贈与を行うタイミングは、契約で合意しておけば、生存中もしくは死亡後のどちらも選択できます。
ここでは贈与について理解を深める第一歩として、生存中に行うもの、なかでも最も基本的な暦年贈与について簡単に説明していきます。
暦年贈与とは、1年暦の間(1月1日から12月31日)に、財産を持っている人(贈与者)が、それを承継する人(受贈者)に無償で与える贈与のことです。
受贈者が受け取った財産には贈与税が課税されますが、暦年贈与の場合は110万円の基礎控除が適用されます。
要は、贈与者「これ(財産)あげるよ」➡受贈者「うん、もらうね」という約束(契約)をしても、財産が基礎控除額110万円を超えなければ贈与税は課税されず、当事者間で受け渡しが行われるだけで完了、という単純なやりとりになるわけです。
この場合は贈与税の確定申告も不要になるので、とても使い勝手が良いと言えます。
暦年贈与の注意点
手軽に利用できそうな暦年贈与ですが、注意しておきたいこともあります。
ここでは主なものを三つ挙げておきます。
一つ目は「名義預金」です。
受贈者(子や孫)名義の預金口座に贈与者(親や祖父母)がお金を入金していて、受贈者名義の通帳や届出印などは贈与者の手元にあるとします。
その場合、贈与者の相続が発生した時点で、受贈者名義の口座に入金していたお金は、贈与によるものではなく名義預金(お金の所有者は贈与者のまま)とみなされて、相続税の課税対象になってしまうことがあります。
二つ目は「定期贈与」です。
定期金給付契約(贈与契約)に基づいて毎年定期的に一定額を贈与する場合は、その契約で贈与する予定の財産全額が、贈与契約を締結した年の贈与税の課税対象になります。
例えば、毎年100万円を5年間に渡って定期的に贈与する契約では、契約年に総額500万円が贈与されたとみなされ、そこから110万円の基礎控除を受けた残額に課税されてしまいます。
この例で贈与税を発生させないためには、実際に贈与が行われる年ごとに累計5回の贈与契約を締結して、暦年贈与による基礎控除を受ける必要があります。
贈与の契約は口頭でも書面でも有効ですが、後々のことも考えて、贈与の年ごとに書面での締結が推奨されています。
三つ目は「基礎控除の上限額」です。
暦年贈与の基礎控除は、受贈者につき110万円まで適用されるもので、贈与者が何人いても上限額は変わりません。
例えば、子に対して父と母の二人から110万円ずつ(総額220万円)の贈与があっても、その年の贈与において子に適用される基礎控除は110万円が上限(2倍にはならない)ということです。
暦年贈与の税制改正
令和5年度税制改正のうち、暦年贈与だけを見ると、課税が強まる方にシフトしています。
暦年贈与に関して変更があったのは、相続開始前の贈与(生前贈与)のうち、相続財産に加える財産の範囲です。
相続が発生すると、それまでは贈与財産だったものが相続財産に見直されて、相続税の課税対象になることがあります。
これは相続税において「生前贈与加算」と呼ばれており、以前から存在した仕組みですが、今回の改正では、何年前の贈与までさかのぼって見直すか、その対象期間が変わりました。
改正前後を比べてみると、相続財産に加算しなければならない年数は、それぞれ以下のようになります。
改正前:相続開始3年前
改正後:相続開始7年前(4年延長)
※ただし4~7年前までの分は、総額100万円まで加えなくて良い
改正の対象は、2024年1月1日以後の暦年贈与です。
加算期間が4年も拡大された一方で、この延長分のうち合計して100万円までなら相続財産に加算しないで良い、というちょっとした緩和措置も追加されています…何だか複雑ですね。
こうして暦年贈与を単体で見ると劣化したように思えますが、相続より早期に資産移転することで、子世代の投資開始時期を早められるメリットは健在です。
つまり、改正後の今でも、贈与が資産運用における有効手段であることは揺るぎません。
なお、もう一つの贈与形態として、改正により格段に利用しやすくなった制度があります。
次回は、その制度をご紹介するとともに、贈与と投資のベストミックスを検討していこうと思います。