公的統計として毎月実施されている家計調査のデータを見ると、その時々の社会状況を知ることができます。
さらに、税など各種制度の情報も加えてみると、よりはっきりと世の中の動きを捉えられるようになります。
そのことを分かりやすく説明するため、前回に続いてビールと第3のビール(以下、第3ビ)のデータを使い、税率が改正される際に生じる「消費動向の変化」を例にして、統計情報の有効活用について掘り下げていこうと思います。
良く売れているのは何月?
今回もe-Statから入手できる家計調査のデータを利用します。
ここで抽出するのは、ビールと第3ビの1世帯当たりの消費量(ミリリットル換算)のうち、2021年1月~2023年12月まで3年間の月次データ(2人以上世帯)です。
それを視覚化してみると、以下のグラフになります。
このグラフで矢印付き青点線は、ビールと第3ビの同月における消費量の差を見やすくするための補助線です。
1年を通して、基本的にはビールより第3ビの消費量の方が多い傾向にありますね。
各月の消費量については、
①ビール・第3ビとも1~2月は少ない傾向
②ビール・第3ビとも7~8月は多い傾向
③9~10月は年によってバラつきが大きい
④2023年9月の差が最も大きい
⑤12月はビールの方が多い
というようなことが、このグラフから分かります。
このうち①と②は、寒い冬より暑い夏の方がビールを飲みたくなる、という一般的な感覚に合う結果と言えるでしょう。
③は、夏から秋への季節の変わり目が影響していそうですが、年ごとにバラつき方が異なるため他の要因もありそうです。
また②と⑤のビールについては、おそらく「お中元やお歳暮にビールを贈る」ということが影響していると推測できますが、前回お伝えしたように、ここにあるデータだけで断定してはいけませんね(検証するには、お中元やお歳暮のデータと照合する必要があります)。
そして特筆すべきは、④になります。
この3年間において、ビールと第3ビの消費量の差が最も大きく開いています。
これはビールが少ないというよりも、第3ビが突出して多くなった結果と言えるでしょう。
では、なぜ第3ビの消費量は急増したのでしょうか?
実は酒税改正の情報と合わせて検証すると、とても特徴的な消費動向が見えてくるんです。
酒税の推移
というわけで、一旦ここで目線を税に移してみましょう。
お酒にかかる税金には酒税というものがあり、国の法律として酒税法が定められています。
酒税法では、お酒の種類やアルコール度数を基準とした区分に応じて、酒税の税率が詳細に決められています。
そんな酒税ですが、平成29年度(2017年度)の税制改正において、ビールと第3ビの関係に大きな影響を及ぼす変化がありました。
その変化が分かりやすい最新(令和5年度)資料を、下記に抜粋します。
この発泡酒性酒類のうち、一番上が「ビール」(現行は赤囲みの181,000円)、下から二つ目の「発泡酒(いわゆる「新ジャンル」)」が第3ビ(同134,250円)の税率です。
表には1,000リットル当たりの税率が表示されていますが、このままではピンとこないので、350ml缶当たりに換算してみます。
すると2023年(令和5年)9月までは、ビールと第3ビの酒税は、それぞれ70円と37.8円で、第3ビの方が32.2円(半分程度)低かったことが分かります。
それが2023年10月には、ビールの酒税は6.65円下がって63.35円に、第3ビは9.19円上がって46.99円になり、その差が縮まりました。
さらにこの先、もう一段階ビールは下がり第3ビは上がることが決まっており、その結果2026年(令和8年)10月からは、どちらも同じ54.25円になります。
このように酒税の変更時期と税率が決まっていると、それは自動的に価格へ反映されます。
つまり、その他の価格決定要素がなければ、酒税の増減に応じて、ビールは値下げ(減税)、第3ビは値上げ(増税)、という方向に動くことになります。
消費者の目線で見れば、値上げ前に買えるだけ買っておいた方が得だと考えるはずなので、税率が変わる直前に駆け込み需要があるだろう、と予測できるわけです。
消費者マインドが見えてくる
それでは、最初の統計データと先ほどの酒税の改正情報を合わせて、ビールと第3ビの動きについて検証してみましょう。
特に④2023年9月の差が最も大きいことに注目したいので、統計データから2023年の1年間を切り出し、そこに月次の消費金額を追加して、以下のグラフにまとめました。
2023年9月の第3ビは、消費量だけでなく金額においても、ビールを上回っていますね。
一般的にビールより第3ビの方が単価は安いため、月次の消費金額は年間を通して第3ビの方が低くなりますが、それにもかかわらず、同年9月は第3ビがビールを越える特異な状況が見られました。
消費者の嗜好が一時的に激変したり、財布のヒモが一気に緩んだと考えるのは、特に根拠があるわけではないので、理由としてあまり現実的とは言えません。
むしろ、このタイミングで消費量と金額が急伸したのは、同年10月からの第3ビの値上げ(税率上昇に伴う価格上昇)に備えて、その前に「できるだけ買い溜めしておこう」という駆け込み需要が現れた結果と考える方が自然です。
そして、この考えをサポートする要素として、10月に入っての第3ビの大幅な落ち込みと、その一方でビールは年末まで堅調な推移を見せている、という二つの事実が挙げられます。
特に後者ですが、例年であれば12月以外の月次消費量は、第3ビの方がビールより多くなるのに対して、税率が変わった2023年では、10月以降はビールの方が第3ビを上回った状態が続いている、という特徴が見られます。
これは、10月を境に割安になったビールが選ばれ、割高になった(そして買い溜めたストックがある)第3ビが選ばれなくなった、という消費者マインドの変化が数字になって表れた結果と言って差し支えないでしょう。
このように実際に起こった事実に基づけば、酒税の改正に合わせた「駆け込み需要の発生」という消費行動の予測が正しかったことを、統計データを見て確認することができますね。
統計データで未来を先読みしよう
世間では当たり前に思えるようなことでも、それを客観的な裏付けによって検証できれば、将来の備えを考える際に、とても役立つことがあります。
なかでも、過去と似たような状況になることが分かっている場合、統計データは未来を予測する強力な武器になりえます。
例えば今回見てきたビールと第3ビの酒税は、2026年にも税率が変わりますので、その他の条件に大きな変化が無ければ、2023年9月と同じような消費者マインド(駆け込み需要)が生まれると予測できます。
企業としては、第3ビの需要急増に対応できるよう生産・物流体制を整える、という計画を早い段階から準備できるため、ビジネスチャンスを逃すことなく社会の変化に応じて利益を上げられるわけです。
もちろん個人の生活でも同じことで、統計データから世の中の動きを読むことができれば、将来の備えが格段に向上することでしょう。
ビールのように、身近で簡単に入手できる情報はたくさんあります。
興味あるものを題材として統計データの活用にトライしてみると、これまで何気なく思って気にしていなかったことにも、新たな発見が生まれるかもしれませんね。
③について補足すると、2022年9月にビールと第3ビともに消費量が増えたのは、物価高騰(原料及び資材など)による10月からの値上げに向けた駆け込み需要が主因です。
また、2023年10月からのビール価格については、缶ビールは値下げされましたが、実は瓶・樽ビールは値上げされています。
というのも、缶は減税効果の方が物価上昇より大きかった一方で、瓶・樽は逆に物価上昇(回収するための物流費など)の方が大きく効いて、それぞれ価格へ反映されたためです。
このように、価格を決める要素には、税制改正といった予め確定している事項以外にも、様々なものが存在します。
未来予測の精度を高めることはできても、完璧に当てるのは難しい、ということですね。