2024年3月現在、我々日本人の資産形成に対するマインドは変化しつつあります。
コロナ禍に端を発した急激なインフレや、ウクライナ・イスラエルでの武力衝突など、世界情勢の様々な要因に加えて、制度改正により生まれ変わったNISAが追い風となり、日本では投資への関心が高まっています。
長期間に渡るデフレを脱却し、健全なインフレに経済状態が変化していけば、いよいよ資産形成の重要性が増してくるので、投資に注目が集まるのは自然な流れだと思います。
以前の記事でもお伝えしましたが、一般的には資産形成を始めるなら早い方が良いと言われています。
今回はそのことの確認も兼ねて、投資するタイミングについて理解を深めていきましょう。
投資と投機の違い
我々が手に入れることのできる資産には、株式や債券といった金融資産だけでなく、金や不動産などの実物資産、さらには事業ノウハウや自己研鑽のように物ではない無形資産もあります。
投資というのは、長期的な価値の上昇を期待して特定の資産を手に入れる(購入する)行為です。
つまり、優良な資産を長期保有することが前提となっています。
一方、投資に似ているようで本質的に全く異なる行為に、投機があります。
分かりやすく言い換えれば投機とはギャンブルのことで、資産価額が上がるか下がるかに賭けて、短期的に売り買いすることを指します。
そのため値動きの激しい金融資産が投機の対象になりやすく、株式の短期トレーディングなどはその典型例です。
特に株式では、「これ以上損が膨らむのは嫌だ➡損切り」「このくらいの利益で十分➡利益確定」というように資産を手放す(売却する)人が多く、本来の目的は投資だったのに、いつの間にか投機をしていた、ということになりがちです。
これは「株式への投資はギャンブル(投機)」という誤解が広がった一因と言えるでしょう。
いずれにしても、短期勝負の投機ではタイミングを計ることになりますが、長期に構える投資ではその必要性は無いわけです。
投機で上手くやろうとしたら?
試しに、実際の株式の取引を見てみましょう。
21世紀になって日経平均株価が直面した、代表的な三つの暴落相場を例にします。
それぞれの期間で切り取ったチャートを、以下のグラフ1~3とします。
縦軸は株価、横軸は時間を示していますが、まずは軸の数値を隠してチャートだけご覧頂きます。
赤丸で囲んだ部分は暴落前の高値圏(相場の天井)で、緑丸で囲んだ部分は暴落時の安値圏(相場の底)です。
どのグラフも、期間の始まり(チャートの左端)から赤丸までは上昇トレンドで、赤丸から緑丸までは下降トレンドが見て取れます。
売買タイミングを計って儲けようとすれば、チャートの左端で買って、赤丸で売れば良いのですが、それは過去のデータを眺めているから言えることです。
現実にはタイミングを計って待ち続けた末、ようやく赤丸の辺りで「今は強気相場だ!まだ上昇トレンドは続くから買っておこう!」と考えて買ってしまうことがあります。
そうして天井掴みした後に、下降トレンドが続く弱気相場に転換してしまうと、資産価額がどんどん下がっていくのを目の当たりにします。
毎日毎日、何もしていないのに資産が目減りしていくのは相当なストレスで、将来を考えると不安しかありません。
そんな精神状態が続けば、ある時ふと「まだ下がるかも…」という悲観がピークに達し耐えられなくなり、不安から解放されたい一心で緑丸の辺りで売ってしまうかもしれません。
こうしてタイミングを計った結果、天井で買い・底で売る、という最悪の取引をすることになります。
まさに投機で失敗する定番と言えるでしょう。
実は私にも心当たりのある話ですが、できればこんなこと体験したくないですよね。
タイミングは計らない方が良い
一方、投機的にタイミングを計ったわけではなく、投資目的で資産を買ったのが、たまたま赤丸辺りだった場合はどうでしょう。
そもそも長期で上昇するのを期待しているので、緑丸辺りまでは若干ストレスを感じつつも「長い目で見たら下がることもあるさ」と、売らずに持ち続けることができます。
するとどうなったか?
それが次のグラフで明らかになります。
これは日経平均株価の長期チャートで、今度は縦軸・横軸とも数値を入れています。
赤丸と緑丸は、先ほどの三つのグラフと同じ個所を記しています。
つまり、三つの暴落相場はそれぞれ、グラフ1はITバブル、グラフ2はリーマンショック、グラフ3はコロナショックを切り取ったものでした。
この長期チャートを見てお気付き頂けると思いますが、実は、どの赤丸辺りで買っても緑丸辺りで売らずに持ち続けていれば、2022年に資産価額はプラスに上昇しているんです。
さらに、それ以降も上昇は続いており、2024年3月4日には4万円を越えて史上最高値を更新しました。
振り返って見れば、三つの赤丸のうち最も高いコロナショック前(24,000円付近)で買ってしまったとしても、まったく落胆する必要はありませんでした。
というのも、コロナショックを乗り越えた後はぐんぐん上昇を続け、2024年3月8日時点では約1.65倍にまで成長したからです。
余計なことは考えず、何もしないで、ただ買って持っていただけなのに!
投資においてタイミングを計らない方が良いことを証明するには、十分明確で力強い事実と言えるでしょう。
もう一つの理由
タイミングを気にせず投資した方が良い理由として、米国の調査結果もご紹介します。
資産運用の名著として知られる『敗者のゲーム』(チャールズ・エリス著、日経BP社)に掲載されているデータで、「1980年1月1日から2016年4月30日の期間、米国株価指数S&P500への投資において、リターンが良かったベスト数日を逃すとどうなったか」、その結果を年平均で表しています。
これを見ると、ベスト数日に資産を保有していなければ(S&P500への投資を止めていれば)、運用結果は著しく劣ってしまうことが分かります。
この期間(約36年)における米国市場の取引日数はざっくり9,000日ですが、その内、たった30日(全期間の約0.3%)を逃しただけで、年収益率は11.4%から6.4%へ低下してしまいます(約44%の減少)。
例えば運用期間20年とすると、投資元本は、年率11.4%で約8.7倍に、年率6.4%で3.5倍に、それぞれ増加します。
日数だと30日しか差が無いのに、資産成長には倍以上の差がついてしまいます。
未来のベスト数日がいつになるかは、誰にも分かりません。
裏を返すと、資産を保有しなくて良いタイミング、それを当てることは不可能なんです。
「値上がり益(値下がり損)が膨らんだから一旦売っておこう」「もう少し株価が下がるまで買うのは待とう」「急にお金が必要になったから株を売って現金化しよう」など、一時的であれ投資を止めていた時が、ちょうどベスト数日だったとしたら…
『敗者のゲーム』では、このベスト数日を「稲妻の輝く瞬間」と呼んでおり、タイミングを計るのではなく、その瞬間に投資を継続していることが重要、と主張しています(実際はもっと強い言葉を使って説明しています)。
つまり、より良い結果を目指してチャンスを逃さないためには、投資タイミングなんか気にせず(優良な)資産を保有し続けることが大切、ということです。
いつの時代どこの世界においても、これこそが資産運用の王道と言えるでしょう。